【三題噺】「水」「リボン」「ねじれた小学校」
ジャンルは「純愛モノ」
水曜日が憂鬱だと感じなくなったのはいつからだろう?
金曜日が寂しく、月曜日が待ち遠しくなったのはいつからだろう?
答えがわかりきっている自問自答を私は飽きもせずに笑顔で答える。
彼氏ができたのだ。
…彼氏ができたのだ!
世界ってこんなに明るかった?
赤信号の数って減った?
お母さんの小言が減った?
今まで生きてきた15年間の苦労や努力が「きっとこのためだったんだろうな」と全て許せるほど寛大な気持ちになり、目から鱗が落ちたかのように世界の彩度が上がったように感じる。
年相応に恋に舞い上がり、浮かれてしまっているのだ。自分でもそう思うからきっとそうだ。
私の彼は委員会の先輩で、口数は少ないがとても優しい先輩だ。いつも遠回りして私を家まで送ってくれるし、用事がないのにlineや電話をしても付き合ってくれる。
心臓が止まるかと思うほど緊張して臨んだ告白は、両方とも緊張で言葉に詰まってしまい、何とも無様なものになった。
でもいいのだ。だって今私は幸せだから。
「センパイ、帰りましょう!」
「ごめん、しばらく一緒に帰れない。」
…その一言で世界は暗転した。
世界ってこんなに暗かったんだ。
赤信号での信号待ちが増えた。
お母さんは小言しか言わない。
理由を聞いても教えてくれない。委員会で会ってもどこかよそよそしい。
この世の終わりだ。
1週間経ち、2週間経った。毎日とぼとぼと家に帰り、めげずに彼にlineを送る。
返事が返ってくるのが次の日の朝だと分かっていてもだ。
1か月ほど経った放課後、彼から「今日一緒に帰ろう。」とだけ言われた。
嬉しさのあまり叫んで舞い上がりそうになったが、すぐにピンときて気持ちが沈み込んでいった。
今日、私は振られる。
どこがいけなかったんだろう、なにが足りなかったんだろう。彼の横を歩きながら頭の中を疑問がぐるぐると回る。緊張から来る吐き気を堪えるのに必死だった。
彼が突然立ち止まり、言いにくそうに「あー…」と言っているのが聞こえる。
ついにきた。ほんの2か月ほどの幸せは今日この場で終わるのだ。堪え切れずに目から涙が溢れ出してしまう。
涙で滲んで視界がゆがむ。ぼやける通行人、ねじれた小学校。まるで私の心を表しているようにぐしゃぐしゃで、めちゃくちゃだ。
突然泣き出した私にびっくりした彼は、完全に話し出すタイミングを見失ってしまい、おろおろと立ち尽くしてしまった。
ダメだ、彼に迷惑をかけてしまう。最後くらい可愛い彼女でいなきゃ。私は涙を拭って無理やり笑顔を作った。
「ごめん、なんでもない。」
「ほんと?無理に今日じゃなくてもいいよ?」
「ううん、大丈夫だから。」
「そっか。じゃあ、はいこれ。」
彼がごそごそとカバンから袋を取り出し、私に渡してきた。きっと私が彼にあげたこまごまとしたプレゼントの返却だ。こういう細かいところもきっちりとしてるところが好きになったんだっけ。と遠くで考えている自分がいた。次に続く言葉は「今までありがとう。」だ。
「誕生日おめでとう。」
「ん?」
たっぷり5秒間は固まっていただろう。
「短期でバイトしてたんだ。今日まで秘密にしてたくて。」
照れくさそうに笑う彼の顔を、私は滲んだ視界でよく見ることができなかった。
ああ、私は自分の誕生日も忘れてしまってたのか。ちょっと考えればわかるだろうに、人に返す物にリボンを巻いて持ってくる馬鹿がどこにいるのか。
プレゼントの嬉しさと、勘違いの恥ずかしさで今度は声をあげて泣き出した私を、先輩は困り顔であたふたしながら宥めてきた。
ちょっとくらい仕返ししてもバチは当たらないだろうと、私はもう少し泣くことにした。
にやけ顔は寝る時まで治ることはなかった。
前言撤回。世界は終わらないし、これからもきっと明るい。
ベッドに置いたクマのぬいぐるみに微笑みかけた後、私は元気に家を出た。
「センパイ、おはようございます!」