【三題噺】雨 偽物、偽者 腹巻き

雨 偽物、偽者 腹巻き

 誰も通らない夏の田舎道。突然来た土砂降りの夕立の中、ベンチに座ってぼうっとバスを待っていたら、ずぶ濡れになりながらやせ細った男が停留所に駆け込んできた。

 

 軽く会釈をして視線を外に向け、まだ来る気配のないバスを待っていると、「雨は嫌いじゃない。」と男が突然話し始めた。私は「はあ」と気の抜けた返事しか返さなかったと思う。

 

 気のない返事でも気にならなかったのか、男は饒舌に語り始めた。

 

 「だって雨が降ったら私の足跡もなくなるだろう?人様がたくさん通る道に、僕なんかの足跡が残るのは申し訳ないじゃないか。」

 「はあ。」

 「僕みたいな何者にも慣れない半端な偽者は、人様に迷惑をかけないように、目立たないように生きるくらいがちょうどいいのさ。お姉さんみたいに輝かしい人にはわからないかもしれないけれど、まあこういう人もいるんだなくらいには心に留めておいてくれよ。」

「はあ」

 

ちょうどバスが停留所にやってきて、私はバスに乗り込んでその場を去った。今思い返せばきちんと返事をしてあげればよかったなとは思うが、私の視線は男が着けていたピンクの腹巻に釘付けでそれどころではなかったのだ。