【三題噺】「雪」「鍵盤楽器」「宝物」

 部屋の片付けをしていると、クローゼットの中から小さい頃の大切な物入れの箱が出てきた。片付けの手を止めて箱の中を見る。箱はそこまで大きなものではないので、細々としたものしか入っていないが、それらを見ていると昔の記憶が蘇ってきた。

 小さい頃の私は宝物をたくさん持っていた。クマのぬいぐるみ、レースの付いたリボン、鍵盤楽器のおもちゃ、小学校の時のクラスの友達との交換日記。思い出と一緒に宝物がどんどん増えていった。

 

「今の私の宝物は何だろう?」

 ふいに浮かんだ自問に、私はすぐに答えることができなかった。強いて言うなら…彼氏かな?けれど彼とは1週間ほど口を利いていない。きっかけは些細なことだった…と思うが、お互いに意地を張りあい、引っ込みがつかなくなってしまった。謝るタイミングが中々なく、気まずい空気が続いている。

 

 いつもは私の委員会の仕事が終わってから一緒に帰っていたが、ここ何日かは1人でトボトボ歩いて帰っている。もうすぐ2学期が終わる12月の夕暮れ。しゃべりながら歩いて帰っているときは特に何も感じていなかったが、1人になると寒さが急に身に染みてくる。私は曇り空を見上げ、ため息を1つ吐くとまた歩き出した。

 通学路の中ほどに差し掛かったころ、電柱に彼が寄りかかっているのが見えてきた。彼は私の姿を認めると電柱から身体を話してこちらに向かってくる。私は彼の前で立ち止まり、向かい合う形になった。

 しばらく何も言わないまま見つめあい、どちらともなく切り出した。

 

「「…あのさ」」

 気まずい。完全に話を切り出すタイミングを逃してしまった。

 こういう時なんていうのが一番良いのだろうか。言葉が頭の中でぐるぐると回り、考えがまとまらない。彼もきっとそうなのだろう、何かを言いたそうな顔でこちらを見ている。

 辺りが少しずつ暗くなっていく中、話し出せないでいた私は、空を見て小さくつぶやいた。

 

「あ、雪…」

 ちらちらと雪が降りだし、遠くで子どもたちの歓声が聞こえる。

「…帰ろっか」

「うん!」

 どちらともなく相手の手を取り、2人並んで帰り道を歩き始めた。

 今の私の宝物は彼だ。私は彼の宝物になれているのだろうか?頬を赤くしながらも強く握り返してくる彼の手にどきどきしながら、彼に手を引かれて雪の降る夕暮れを歩いた。